楽な姿勢でお読みください

忘れっぽいので、未来の自分への申し送り事項。主に読書感想文を書きます。

初めて誰かの愛に触れた時。「ファーストラヴ」島本理生

 

ファーストラヴ

ファーストラヴ

 

 

直木賞受賞作、「ファーストラヴ」です。

タイトルからラブストーリーを想像しましたが、全然違いましたね。

父親を殺してしまった娘をめぐり、様々な人の罪があぶりだされていくストーリーです。

娘は就活中のアナウンサー志望の女子大生、聖山環奈。父は画家で美術学校講師の聖山那雄人。環奈はテレビ局の就職試験が終わったそのあとで、那雄人が勤める学校へ向かい、父を刺します。その後血まみれになって多摩川沿いを歩いているところを、逮捕されます。だが、奇妙なことに環菜自身が「動機が分からない」といいます。臨床心理士真壁由紀は、この事件に関する本の執筆を依頼され、環奈の弁護人となった義弟の庵野迦葉と共に、環奈やその周りの人たちとの面談を重ねていきます。

 

この物語は、面談のパートと、環奈の裁判のパートの2つに分けられます。

面談のパートでは、環奈の家庭環境が明らかになります。絶対君主の父親。父親に従う母親。母親は、娘を心配するどころか、検察側についてしまいます。そんな抑圧された家庭で育った環奈は、自尊心が低く、両親を安心させるために本心を隠していました。精神が病んでしまい、自傷を繰り返すようになります。


真壁由紀も父親との関係性に問題がありました。面談を重ねるうち、自分の過去とも向き合っていきます。

自分自身が、過去に臨床心理士に救われたように、今度は自分が救う番と由紀は言います。

由紀は、現在勤務している病院に初めて訪れたとき、「サバイバー」という言葉に出会っています。

サバイバー、という言葉に出会った。少女の頃から理由もなく暗渠の中をさ迷っているような感覚を抱いていた私はなぜかひどくその言葉に惹きつけられた。その理由を知ったのは、もっと後だった。

名付けとは、存在を認めること。存在を認められること。

院長の著書に出会って初めて、自分が存在していることを認められた気がした。

今度は私たちが環奈の心のうちにある闇に名前をつけなくてはならない。さかのぼって原因を突き止めることは、責任転嫁でもなければ、逃げでもない。今を変えるためには段階と整理が必要なのだ。見えないものに蓋をしたまま表面的には前を向いたように振る舞ったって、背中に張り付いたものは支配し続ける。」

私は、「サバイバー」という言葉を初めて知ったのですが、日本トラウマ・サバイバーズユニオンによると、"虐待や災害など、さまざまな原因から生じた傷を、心や身体に負っても、なんとか生き延びている人"とあります。 

 

由紀も環奈も、同じサバイバーでした。

由紀は真摯に、環奈に向き合います。自分の過去の姿を重ねているかのように見えます。

むごい家庭環境で、救いようが無いのでは?という状況。絡まった糸をほぐすように、ひとつひとつ由紀は状況を整理していきます。そして、どんどん環奈は由紀へ心を開いていきます。

 

そして、後半の裁判のパートで、環奈は自分の言葉を取り戻し、裁判ではしっかりとした口調で証言をしていきます。

 

ミステリーもの、家族もの、心の再生...など色んな見方ができる「ファーストラヴ」。

私は、この物語を、人の話を聞き、心を整理していく、臨床心理士の仕事の物語として受け取りました。

先日読んだ「ラブという薬」の著者、医師・臨床心理士星野概念氏がこの小説に助言をしているようです。「ラブという薬」でも、傾聴の大切さが書かれていました。

治すことではなく、相手の心を整理していく。ずっと話を続けていき、相手の「闇」に対して名前をつけていく。

裁判終了後に、環奈が由紀へ送った手紙にはこうありました。

「苦しみ悲しみも拒絶も自分の意思も、ずっと、口にしてはいけないものだったから。どんな人間にも意思と権利があって、それは声に出していいものだということを、裁判を通じて私は初めて経験できたんです。自分の感情や心のこと、まだまだわからないことがたくさんあります。今はそういうものを、ほかの誰でもなく自分で書いてみたいと考えています。」

由紀の真摯さに触れて、自分の感情を尊重していいんだと環奈は知りました。

タイトルの「ファーストラヴ」にあるものは何なのか。いろんな解釈があるかと思いますが、私は、「他人からの純粋な愛に初めて触れること」「自分の存在価値を自分で認めること」という意味なのかなと思いました。